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旧盆用の大行燈

 金田一の秋葉地区では、昔から旧盆が来ると道路片側を利用して、毎年旧盆用の長さ八十米程の装飾大行燈(あんどん)が仮設されてこの界隈は時ならぬ賑わいを見せていたが昭和十六年の大東亜戦争の頃遂に途絶えてしまった。現在の市道は昔国道だった為に交通量も多く大分混雑していた。

 夕方になると大行燈に電燈が灯され道行く人達は皆立ち止まってこの金田一名物の大行燈の和紙一枚一枚に描かれた豪華絢爛たる戦国武将たちの勇ましい姿に見とれていた。

 行燈に張られた二十数種余りの行燈絵は実に見事な物であって遠くからも見物客が訪れて、この大行燈は金田一の名物となっていた。

この大行燈の仮設はお盆の十三日早朝より秋葉地区の若者達が、各家々から藁縄を持って集い、道路の片脇にホケを立てる穴を掘るもの、稲はせ用のホケは近くの田中熊太郎さんより約五十本程借用して運ぶもの、茅で編んだ幅広いこも五十枚位を行燈の後方に張り一日掛かりで完成。仕事中篤志者より中休みの食料が届く。こうして寄付は一切受けることなく若者達の奉仕によって毎年続けられていた。


 十三日の夕方大行燈は完成するが、当夜は電燈が入らず十四日の夕方より電燈が灯される。

 行燈用の武者絵は和紙を張り合わせて作られたもの、縦二米位、横三米位の大判の和紙に絵の具で色彩も鮮やかに描かれている武将達の姿絵が大行燈に張られ、お盆の墓参りの行き帰りの人々の目を引き昼夜の別なく賑わっていた。

 当時この立派な武者絵を描かれた方は故沢田熊太郎氏と聞いていた。現在の下町の沢田穣氏の祖父様に当たるが当時二十数枚描いたと言うが、今は残念ながら、その絵は所在不明である。

今、私の脳裏に残っている絵は新田義貞・木曽義仲・八幡太郎・源義経・新羅三郎・源為朝・楠正成・曽我兄弟・熊谷次郎直実・川中島の合戦等で外にもあった。

夜は大行燈前の道路で十六日まで毎夜盆踊りで賑わった。又この直傍の相馬さん家では、上手の広い座敷に花茣蓙を敷いて、盆中だけの煮売屋をしながらお客様を休息させていた。

 昔のこうした田舎のお盆の情調が思い浮かばれる。



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