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昭和初期の正月は、昔の江戸時代の仕来りが未だ継承されていて、陰暦の(旧暦のこと)の正月だった。現在の様に新暦で正月をする様になったのは、昭和三十三年頃の一万円札が発行された頃である。これも一斉に新暦正月したものでなく、町並の町店街が新暦、農家は仕事の都合で新暦に間に合わず昔通りの正月が適していた。
旧暦の十二月には、新暦のように三十一日の晦日はない。その年によって二十九日の晦日と三十日の晦日である。このため晦日には餅を搗くものではないと言う仕来たりがあって、だいたい二十八日に餅搗きをする。押し迫った年越しの準備ばかりも、心に予猶を持って行動するようにとの意味で、前日から準備を促していたものである。
正月の準備として一番大変なのが煤掃き。
二十七日の朝早く炉の火を消し、家財道具や食器など屋外の雪の上に出し、自家製の草箒(くさほうき)に長い柄を付けて屋根裏の高い所から一年分の煤を払い下ろし、最後には鉤付(かぎつけ)を掃いて終わるが、二時間位かかる。
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