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昔の年越しと正月

 昭和初期の正月は、昔の江戸時代の仕来りが未だ継承されていて、陰暦の(旧暦のこと)の正月だった。現在の様に新暦で正月をする様になったのは、昭和三十三年頃の一万円札が発行された頃である。これも一斉に新暦正月したものでなく、町並の町店街が新暦、農家は仕事の都合で新暦に間に合わず昔通りの正月が適していた。

 旧暦の十二月には、新暦のように三十一日の晦日はない。その年によって二十九日の晦日と三十日の晦日である。このため晦日には餅を搗くものではないと言う仕来たりがあって、だいたい二十八日に餅搗きをする。押し迫った年越しの準備ばかりも、心に予猶を持って行動するようにとの意味で、前日から準備を促していたものである。

 正月の準備として一番大変なのが煤掃き。

二十七日の朝早く炉の火を消し、家財道具や食器など屋外の雪の上に出し、自家製の草箒(くさほうき)に長い柄を付けて屋根裏の高い所から一年分の煤を払い下ろし、最後には鉤付(かぎつけ)を掃いて終わるが、二時間位かかる。

 翌日は豆腐造りと餅搗きで家中皆掛りで慌ただしくなる。豆腐は焼用と凍豆腐用とに製法する。

餅は最初に搗いた餅からお供え用の丸餅三組位造り、お寺に居る我が家への仏様用の丸餅五枚を重箱等に入れてお寺に届けて仏様に供えてもらう。

きなこ餅なども分担して造る。

 金田一駅前には八戸港より数人の魚行商人が大量の魚を持って来て店を張っている。各戸共に魚を買い求める人達で混雑を極め、賑々しい。港の人は威勢の良い声を張り上げて商をしていた。

家でも年越用の真鱈一匹六十銭と正月用の塩引き一本七十銭で買って来る。年越用に飼っていた兎は私達が解体。年越のお神酒は計り売り二合で十三銭。こうして年に一度の最高のご馳走を頂いて年を取る。元朝詣りまでは大分時間があるが時計とて無く「いろはカルタ」で遊び時間を費やす。


 やがて長寿寺の除夜の鐘が「ごうん」と打ち始めた時に、各家庭から一斉に飛び出すように八坂神社に詣う出る。途中友人達と合流して堀野の武内神社と、福岡の呑香稲荷神社を参詣して話に花を咲かせながら家に帰ると、一番鶏が鳴いている。三時頃だろうか。

今日から七草粥まで毎日白いご飯を頂きながら他家へ集まって、色々の遊びにふける。


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