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稗めしの思い出(其の一)

 この地方の農家では昔から「稗めし」を常食として幾代にも亘り生活して来た。私達も「稗めし」の時代に育った一人である。その後、大東亜戦争終結を境に、何時の間にか次第に「稗めし」が時代の流れと共に、この世代から姿を消した。戦後生まれの若者達には「稗めし」の食味は知る由もないが、かと言って好んで炊いて食べる程のものでもない。

 昔は稲作は度々の凶作に合い、又収穫された米の一部を御上(政府)に年貢(税)として上納、残りの米を絶えず凶作の非常時に備えて取って置くほどの米しかなかった。勿論米だけのめしは御上からの許しが無かったせいもあって、「稗めし」は農家にとって命の綱とまで言われた所以(ゆえん)である。

 本来は米飯程食味のよいものはなく、栄養価値だって他に勝るものはないだろうが、昔から南部藩の北部地方の稲作は、偏西風(ヤマセ)が多く吹く地方故に、その年の天候によって収穫が大きく左右され、豊作などと言う事は希であった。二、三年に一度は覚悟をしなければならない凶作との戦いで、明け暮れることもしばしば。又何年間の内には皆無の歳もあると言う。

 稗は稲に比べて冷害にも一寸した長雨など、又旱魃(かんばつ)でも雑草の如く強い作物故に、稲の凶作年でも稗は皆無などと言うこともなく、各農家共に三反歩位の稗畑を耕作して収穫し糧としていた。

毎年立夏の頃になると、稗の種蒔きが始まる。稗を蒔くことを通称「ハタケマキ」と言う。


 此の頃「ハタケマキ」の季節を知らせる渡り鳥が南国から次々と飛来する。先ず最初に「トド」という名の鳥が来る。「トド」「トド」「トド」と、何処が節目か分からないが、何か人を急ぎ立たせるように鳴く。

農家の人達は「トド」が来たことを「ハタケマキ」が来たと言って「ハタケマキ」に取り掛かる。


 それから一週間位遅れて「カッコウ」が来る。「カッコウ」は今が「ハタケマキ」の一番良い時だから早く蒔けと勧める。

 又一週間位遅れて、今度は「アッチャトテタ」(ホトトギス)が来て「ハタケマキ」の済まない畑を見て、早く蒔かないと秋に稔らないと警告する。このことを昔の人は格言として「トド」の初蒔「カッコウ」の中蒔「アッチャトテタ」の終蒔と言った。


稗めしの思い出(其の二)へ続く>>>


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