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リヤカーの商業時代

 金田一の内でも昔から舌崎部落は、果樹園が多く、又、野菜・果物等の大生産地として有名であった。現在も、尚益々盛んに農産物が生産されていて、農産物の供給基地、舌崎の名は高く内外に知名度を持っている。

 話は、昭和十二年頃から戦前、戦中、戦後に亘って、長年の間舌崎の農家で生産された農産物がリヤカーの行商隊によって供給がなされていた。この行商隊は、殆んど女性で、舌崎部落の主婦達の心意気が「今も私の脳裏に思い浮かばれる」

 主婦たちは朝早く舌崎を出発して、金田一・堀野・福岡町までも広範囲に、リヤカーの行商隊が農産物を積んで殆ど毎日のように、片道十キロの道程を往復することもしばしば。

 満載した重いリヤカーを力強く引きながら、それぞれの得意先を一軒一軒声をかけて、遠くは福岡町外れの五日町、或いは川又の奥の鍵取り辺りまでも足を延ばし、リヤカーを引いては、得意様に立ち寄り、又、引いては次の家へ「今日は何か・・・ようござんしか」と声をかけて歩く内に、人と人とのふれ合いが出来、或る時は世間話に花が咲くこともしばしばであった。

時間に縛られて歩いているのだが、こんなお客様は何時も買って下さるので、上得意さんだった。

 春は、昨秋収穫し保存してあった紅玉の「りんご」は貴重品だった。又、「牛蒡」「人参」「キャベツ」「ホウレン草」等を、夏は「桃」早生種の「りんご」、やがて本格的夏の到来と共に「メロン」「トマト」「胡瓜」「茄子」等を、秋は「梨」「ブドウ」「りんご」が収穫期となり、冬は土の中で保存してあった「野菜」に「りんご」類、又お客様からの依頼によって「こんど来るときは何々持って来て下さい」と言われる。

 こうして、その時々の季節の新鮮な農産物を四季を通して、舌崎部落の主婦達のリヤカー隊によって、金田一・堀野・福岡町に供給され、潤いがもたされていたのであった。

多い時は三十台近くものリヤカーが列を連ねて出発したと、当時のリヤカー隊の一人だった、舌崎上野の「工藤ハクお婆さん」が診察の合間に語ってくれた。その後、何時の頃からか交通事情によって、リヤカー隊の姿が次第に消えていったという。


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