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金田一の内でも昔から舌崎部落は、果樹園が多く、又、野菜・果物等の大生産地として有名であった。現在も、尚益々盛んに農産物が生産されていて、農産物の供給基地、舌崎の名は高く内外に知名度を持っている。
話は、昭和十二年頃から戦前、戦中、戦後に亘って、長年の間舌崎の農家で生産された農産物がリヤカーの行商隊によって供給がなされていた。この行商隊は、殆んど女性で、舌崎部落の主婦達の心意気が「今も私の脳裏に思い浮かばれる」
主婦たちは朝早く舌崎を出発して、金田一・堀野・福岡町までも広範囲に、リヤカーの行商隊が農産物を積んで殆ど毎日のように、片道十キロの道程を往復することもしばしば。
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