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狐と蒸気機関車の衝突 (其の一)

 東北本線が開通したのが、明治二十四年(一八九一)今から約百年前のこと。

その時は北福岡駅は出来ていたが、金田一に未だ駅がなかった。それから十八年後の明治四十二年(一九〇九)にようやく金田一駅が設置された。約八十年前のことである。

さらに数年後の大正初期頃に鉄道を舞台に繰り広げられた大事件が起きたのである。

 当時の汽車は石炭を炊いて蒸気の圧力を利用して走っていた頃の出来事である。当時の速度も時速三〇粁から四〇粁位で特に急勾配(こうばい)などの時は十粁程度で走っていた。

金田一より東京に就職する人達は二十時間余りもかかり三食分のおにぎりを背負って旅立っていった。実にのんびりした汽車の旅だったようだ。

 一方当時の狐は夜ともなると必ずといってよい程、餌を探しに線路沿いへ出て来たり、山岸は勿論のこと民家の近くまで寄って来て時折軒下に乾かしてある魚など失敬して行くことや、野放しにして飼っている鶏までも襲うことさえあった。又、福岡の市日から帰りに、民家のない薄暗い堀野平で人を騙して食べ物を奪う狐の話など種々あるがこの項は後日に。

 或る日の夕暮時、金田一駅を下りに向かって出発した汽車が間もなく岩舘山の付近にさしかかった時線路沿の草原をうろついていた一匹の狐の姿を見るや否や、某機関士いきなり傍にあったこぶし大の石炭を投げつけた。命中したかは定かでなかった。

 その後も度々このあたりを餌を探して歩いている狐を見受けることが多かったが、某機関士以外の機関士達は悪戯しなかったが、某機関士だけは時折好奇心も手伝ってか、度々狐にからかって石炭を投げて悪戯していた。

 この狐こそが岩舘山の岩穴を住み処に「権現」「水梨」「小野部落」界隈を縄張りとしている続に名に聞こえし「岩舘いわこ」これなり。いわこには未だ年若き娘きんこあり。

 此の他にも金田一には名の知られた狐達が住んでいたので紹介しておく。

村の上町外れの十文字川を境に南西に「日野沢の観音堂」と上山部落北西に「新田野」「愛宕山」を縄張りにしている通称地名「トトメキ」ここに住むトトメキとらこも名の知れた狐なり。

狐と蒸気機関車の衝突(其の二)へ続く>>>


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