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祈り藤(金田一七不思議の一つ)

 金田一の上町の小高い所に長寿寺曹洞宗のお寺があり、此の境内の南側「共同墓地」の中に、年を経し杉の老大樹を凌ぎ蟠曲せる一本の藤の大樹があり、五月の藤の花盛りには美しき紫の長い房を垂れ、誠に美観を呈し一勝地たり。この藤には次のような言い伝えがある。


 昔々金田一には、福岡、一戸にも及ばぬ程さかんな市が毎月四日、十四日、二十四日に開かれるのであった。場所は、「今の寺下、宮下の地域」舟場丁という丁名があり、此の界隅で毎月三回の市日が行われていた。或る時、市日の日いつもの如く人出が多く、頗る賑はしく混雑を極めていた。

 其の処へどこから来たのか、子連れの巫女(イタコ)が買い物に来ていたが、大勢の人々が押し合いへし合いの、身動きも出来ぬ程ごったがえしていた。巫女は人混みに押しにもまれながら買い物をしている中に誤って、その雑踏の中にたった一人の愛娘を踏み殺されてしまった。


 巫女は大変嘆き悲しみお寺の境内に小さき藤を植え「此の藤ある限り金田一には大きな市日が立たぬように」・・・と呪い、子供を失ってからまもなく愛し子に後を追うかのように亡くなった。其の後も金田一には依然として、毎年毎月例日の如く大混雑を極めて賑わう市日は繰り返されたが、然し彼の巫女の呪いの為か、その都度怪我人や死ぬ者が出た。

 それ以来、人々は「いたこの呪いなり」と怖れ、市日に出て来る人も少なくなり、遂にかの盛んな金田一市日は自然に廃れてなくなったと言うことである。尚、今でも長寿寺境内の「祈り藤」をきると血が出るとと言いふらされ誰も手を触れぬようにしている。

 その後一年一回五月四日の節句市日は大分賑わって昭和十八年頃まで続いた。市日を再開してくれるよう、二百三十年前の宝暦十三年三月(一七六三)に金田一の百姓達が福岡代官所に申し出た古文書が残っている。

 昔は銭で商売もしたが、物々交換が多く八戸方面から魚や乾物等地元では稗・粟・麦・籾・長芋・牛蒡などと交換してお互いに食生活をまかなっていたようだ。総ての品物が交換材料になったという。お寺の境内の藤は二戸市天然記念物に指定され保護されている。



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