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だんぶり長者物語

 第二十六代継体天皇の時代、米代川の下流小豆沢(秋田県鹿角市ハ幡平)の根元に、大そう酒好きなおじいさんが住んでいた。

働いた金はすぐに酒に替えて呑み、貯もなく、行く末も定かでない心細い生活をしていたので、村人達も気の毒に思い、いろいろ世話をしていた。ある日、突然に若者が現れ、「私の生れは京都ですが、わけがあって長牛に住んでいます。

両親も身寄りもない者ですので、おじいさんを親としてお世話をいたしたい」と村人に申し入れた。村人達は奇特なことと思い、こころよく承諾した。

若者は朝早くから手伝いをし、柴刈をして働き、その代金で酒を買いおじいさんに呑ませるなど、よくつかえたので、良い養子(むこ)が出来たと、村人達は大変喜んでいた。


ある日の夕方、いつものように若者は柴刈をしていた。そこに、旅疲れの娘が一人、その働く様子をじっと見て立っていた。尋ねると、娘は、川下の独鈷(どっこ・秋田県北秋田郡比内町)の者で、今まで両親といっしょに暮らしていたが、流行病で次ぎ次ぎと両親を失ない、途方にくれ泣き暮らしているうちに、ある晩、夢の中で白髪の老人に教えられた。


「お前の夫になる者は、川上にいるから行って会え」老人が手を取り導いて川を上って来て、川端にこの若者が働いているのを見たというものだった。

その働き振りは、一本の柴を刈れば二本倒れ、二本刈ると四本倒れるという具合であった。

「あの若者がお前の夫となる人だ」老人がそう言ったと思ったら、目が覚めた。

早速、身の廻りを整理して川上に来てこの若者にあい、「あなたは夢で見た人に似ている」と話した。

若者はこの娘を家に連れて帰り、事の次第を養父に話した。養父は、「これは日頃信心をしていた大日神のおかげであるから、末長く仲睦まじく暮らしなさい」と、夫婦になることを許した。

 余りにも正直なせいか、二人はいくら働いても大変貧しかった。夫婦は嘆息して言った。「ああ、ままにならないのは浮世だ。人は皆、正月を迎えて喜びあっているというのに、自分達は朝夕の食物にも事欠くはおろか、神様に供え物をあげることさえ出来ない。これは如何なる前世の因果であろう」二人はその晩、大日神の夢をみた。


「お前達は川上に住むならば、福来り徳あつまって大功を残すであろう」

二人は相談の結果、そうすることに決めた。養父を背負い、川上に辿りついた。米代川の源流平又の地であった。村の人々に、村はずれの荒地を耕す事をお願いした。人のよい村人達はすぐ、承諾してくれた。二人は養父をいたわりながら、一生懸命藪地を切り開き、畑を耕して働いた。村人達は、正直な夫婦だとほめ合っていた。

秋日和が続き畑の取り入れに忙しいある日のことである。木陰で昼休みをしているうちに疲れが出て、夫がうとうと居眠りをはじめた。

その唇に赤だんぶり(とんぼ)が尾を付けては飛んで行き、また飛んで来ては唇に尾を付ける。そういうことを繰り返していた。が、ぼんやりこれにみとれているうちに、夫が目をさました。

起きてみて唇が甘いのにびっくりして妻に尋ねた。妻はさきほどの様子を話した。二人はだんぶりの飛んで行った方向を指して行ってみると、岩陰から泉がこんこんと湧いているのを見つけた。なめてみると、甘いお酒の泉だったのである。

二人は大喜びで泉を汲み、養父の所に持っていった。養父はこれを百薬の長と喜び、飲んだところ、たちまち元気を取りもどしたという。

医者、薬のない時代のことである。この醴泉の話はたちまち村人はじめ、近郷、近在の人達に広がった。

泉を譲り受けに来る人が多くなった。正直な夫婦はほしい人達に分け与えてやった。二度・三度になると、土地から取れる宝物を持参して、これと交換するようになった。

遠くは伊達郡はしかみから黄金のふきめ百匹、出羽比内郡からは孔雀石、階上郡からは水漆万杯、津軽郡から合浦の球等、東北各地から贈られるようになって、夫婦は見る見る裕福になった。宝物は土蔵を建てて入れたが、それは四十にも達したという。


裕福になった夫婦の悩みは子供のないことであった。

いろは四十八の土壇を築き占いをやったり、いろいろな功徳をほどこしたり、また供養等をしたがどうしても授からない。稲庭岳を越えて桂泉の明神(天台寺の桂清水観音)に、二十一日間通い続け願をかけた。

そして満願の日の夜、観音のお告げがあり姫が授かった。夫婦は桂泉の申し子であるというので、名前を桂子姫と名づけ喜びあった。やがて桂子姫も成長した。

長者の印号を受けるため京に上った長者は、みかどから「如何な、宝を所持せるか」とたずねられた。


長者は「第一の宝に味も絶えせん泉の酒、第二の宝に奥州の黄金拾万両、漆万杯、第三の宝に天人のはす糸で織り給う錦衣、第四の宝に大蛇の角、駒の角」と多くの宝を所持する由を申し上げた。

みかどは「宝の中の一の宝は、子宝であるが幾人持ちたるや」と問うた。長者は女子一人を持っていると答えたところ、みかどはこの姫をお側に仕えさすようにお命じになった。一人姫、桂子姫は吉祥姫と名を改め宮仕えすることになり、長者は一人寂しく帰郷することに相成った。


満つれば欠くる、と言う。人の運命も同じである。掌中の宝を失った如く一人娘と離れて暮すこととなった長者夫婦には、のぞみは何もなくなってしまった。

長者は遂に病にかかり、八十九才でこの世を去ったと言う。時は、継体天皇第十七年であったと伝えている。老妻も長者が他界してから三十五日たたないうち、八十五才で亡くなった。長者夫婦の死とともに、甘い泉も普通の水となってしまったそうである。


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