三斎市が何度か中断したとして、その間、年一度の市は名物化したようである。それはセックマチである。「二戸郡金田一村では五月節句にはセックマチが立ち、煮たホドイモや西嶽の根曲りタケノコが売られ、この日のホドイモを食べるとからだにうじがわかないといわれている」セックイチも今は無い。セックイチは旧道の方に立ったと言われている。
 「金田一の市は、戦後、旧道のおかり屋付近に開かれた。その後、金田一駅前の人達から市を駅前近辺に移動するようにと運動され、短期間ではあったが一時は旧道と駅前付近双方に開市された。旧道のほうは福岡商人がはりつき、客におでんを無料で食べさせ、一方、駅前には三戸商人がはりつき、唄・踊りの芸人を連れて来たりして客寄せを競い合った。その後、交通事情により旧道も駅前も賑わなくなり、その中間地帯に移動した」(富沢吉兵衛氏談)
 昭和28年10月24日調査による出店数は69店、そのうち一方への出店が63店である。一方への出店は交通上の要求からと考えられるが、このような片側出店は両側に出店できるところと違って、当然開催区間が長くなることになる。
 現在の三斎市は、金田一駅前から南へ国道4号線沿いに開催されていて出店数は軽米観音林に次いで少ない。
 市の賑わない理由は、金田一・福岡の宿駅間距離が短かったため福岡の市に吸収されやすく、また、荒屋新町と同日開市のため市掛商人が分裂回遊し出店数が少ないなどの原因もあろう。

昭和57年頃の定期市見取り図

出店者の居住地

昭和58年

昭和28年
 

57.5.14

57.8.4

57.12.14
繊維品  5(店)  5(店)  5(店)
金 物  
種・苗・植木類 16
青 果    
海産物
食品類      
その他      
25
見取り図の見方:△=テント掛け、●=露天、□=借家、苗=野菜の種、植=植木、青=青果、種=種子・球根、和=和服・反物、洋=洋服・洋品、和・洋=和服と洋服、金刃=打刃物・大工道具、海=海産物

昭和28年頃の定期市見取り図
資料:「岩手県に於ける市日の研究」 菊地孝男氏

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