二戸市商工会

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◆二戸の歴史◆


●二戸市歴史散歩

 温泉の街二戸市はまた、歴史と偉人の街。200を数える遺跡や、多くの出土品等を収蔵している歴史民俗資料館。

 国の史跡に指定されている戦国時代最後の戦いの場として有名な九戸城跡は、悲劇の武将九戸政実の夢の跡。

近年整備が進みその壮大な輪郭が復元されつつあります。

 江戸時代にすでに北辺防備の重要性を説き、多くの門下生を育てた相馬大作、文化勲章を受章した国際的物理学者でローマ字の普及にも大きな足跡を残した田中舘愛橘博士、岩手県の初代民選知事で農民知事と県民に慕われ多くの業績を残した國分謙吉翁。これらの偉人輩出の礎になった会輔社の社屋槻陰舎など、歴史と先人を訪ねてみたいものです。

 また、糠部三十三観音の礼所、岩谷、朝日の両観音に祈り、渡辺喜恵子、三浦哲郎、金田一京助などのゆかりの地を文学散歩としゃれてみるのはいかがでしょうか。


●九戸城跡と九戸政実

 南部藩の跡目相続から端を発した戦いは羽柴秀次を総大将とする豊臣秀吉郡6万5000人と対峙することとなったのです。

 天険の地に建つ九戸城は多くの大戦を経験してきた秀吉軍にも落とすことが出来ず、ついに和議をもって謀り、政実は宮城県三迫の地で斬首、一族は全て城中で焼き討ちとなり、ここに秀吉の天下統一が成ったのです。
 中世の城として文化価値の高い九戸城跡は昭和10年、国の史跡に指定され、近年城跡公園として整備が進められています。



●会輔社と偉大な先人たち


 呑香稲荷神社境内に萱ぶきの小さな茶室、槻陰舎がひっそりと建っています。

 幕末、長州萩の吉田松陰の後継者と目されていた英傑、小倉鯤堂が暗殺の風評に逃れ、当地に身を寄せ小保内定身の父孫陸などと士族の青年をあつめ結社、会輔社をつくりました。

この社屋が現在も残る槻陰舎なのです。

 当時の地方には奇跡とも思える2千余冊の蔵書を備えた稲荷文庫と相まって、青森、秋田方面からも多くの志ある若者が集い、東北の鹿児島と称されるようになり、やがてその土壌が世界的な物理学者田中舘愛橘博士や初の民選知事國分謙吉翁など多くの偉人の輩出の礎となったのです。

 また、これより先、江戸の平山行蔵の四天王と呼ばれた相馬大作は北辺のロシアに対する防備の重要性を説き、演武場を開き門弟200余人に文武を教授しています。

 津軽候の驕慢に義憤を覚え、矢立峠に要撃事件を起こし、後に江戸で捕らえられ処刑されましたが、その気概は今も脈々として二戸の人たちに受け継がれています。


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