| 室根山は古来、村の人々の心のよりどころとして、また霊山として崇められてきました。室根村の歴史は、この室根神社の変遷と深いかかわりをもって綴られてきました。室根神社本宮は、養老2年(718)、鎮守府将軍の大野東人が元正天皇の勅令を奉じ、蝦夷征伐の祈願所として勧請したものと伝えられています。室根山は当初「鬼首山」と呼ばれていましたが、紀州牟婁郡の熊野神勧請にちなみ「牟婁峯山」となり、後に「室根山」と表記されることになりました。現在の村名はこれに由来しています。 |
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室根神社・本宮 |
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梵 鐘 |
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| 大野東人が多賀城(現在の宮城県)を築いてからは毎年、祈願・寄進が続けられ、その後、坂上田村麻呂も室根神社を深く信仰したと伝えられています。また、前九年・後三年の役では源頼義親子が太刀などの寄進。さらに、平泉藤原三代は90年間にわたり神社の再興に尽くしたほか、逗留中の源義経も再三、家運の再興に詣でたなどの記録が残っています。 |
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室根神社・新宮 |
本宮に対し新宮は、正和2年(1313)、陸奥の守護職である葛西清信が奥七郡(磐井・江刺・胆沢・気仙・本吉・登米・牝鹿)の鎮守として紀州新宮から勧請したものです。
室根神社の境内は、樹齢千年を誇る老杉が生い茂り、幽玄な雰囲気に包まれています。標高850m付近にこのような巨杉があることは珍しいことです。また、本宮と新宮にはそれぞれ金と銀の鈴があり、2つを鳴らすと幸福になるといわれています。 |
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