かねがさきの民話 〜ばば岩の大蛇〜

ばば岩の大蛇

 昔、小歩(こあご)というどころのばば岩に、二十丈ほどもある大蛇がいだったずも。いづごろから住みついでだもんだか、岩の上のおっきな松さ巻きづいて鼻音たてながら寝でる姿だの、裏の滝から流れでくる水飲んだりしてるどごろも見られだったど。

 「どっから来たんだベ」「あの口だらば、馬っこでもひとのみだな」「まなぐ(目)とまなぐ合うと食われっつぞ」。里の人たちは、見て見ねぇふりしながら、陰でこう言い合っていたずも。

 秋、沢庵漬けにする大根が干されてで、冬支度もすっかり済んだ天気のよい日だったずも。「えぇ日でぇっちゃな」「ほになもす。もってぇねぇくれぇでげっちゃな」。みんな小春日和に浮がれでだったと。

 いぎなり、生ぐせぇ風吹いてきたがと思うと、ばば岩のあだりに真っくれぇ雲がもっくもくとわいてきたずも。その雲はだんだんとひとっつの塊になるど、ひがし南の方さ飛んでったずも。まるで鳥っこみだいな速さだったど。

 その日の夕方のことだど。「昼間からの七ツどき(午後四時)、とどいの沼で、ことしも大蛇さ娘っこ飲ませだどや」という話が聞こえてきたずも。「そんでぇ、あの大蛇、高山掃部(かもん)長者の女房だったんだな」と、みんなたまげだったと。

 掃部長者というのは水沢一の大地主のことで、長者はたいした慈悲深い人だったずども、女房はうんと欲張りで、うんと意地だったずもや。ある時、女房が池のフナをこっそりど一人で食ってしまったずも。したれば喉が乾いたずも。水を飲んでも飲んでもわがねぇがっだど。あげぐに、とうとう大蛇になってしまったずもや。大蛇は、自分の子供三人も長者も食ってしまったずも。そして毎年、十六の生娘を生贄にさせてだんだど。とどいの沼で飲まれた娘っこもそれだったんだべ。

 ばば岩にまた大蛇がきでだったど。まだ秋になったずも。やっぱりよぐ晴れた日に、ばば岩のどごがら出た黒雲の塊がひがし南に飛んでったずもや。その日の七ツどき「あの大蛇、角も牙も折れで、沼の底さ沈んでしまっだどよ」という話が聞こえてきたずも。

 なんでも、生贄の松浦さよ姫という娘がお経をあげて数珠を打ちつけたれば、大蛇は「ありがどがす、ありがどがす」って泣きながら、見えねぇぐなっていったんだどや。



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