
昔むかし、永徳寺の小歩(こあご)に長者さまがいたったど。この長者さまは、初めがら長者だったわけではねぇがったずも。貧乏だったけれども、親たちを大事にして、田畑を耕したり、山稼ぎをしたりして、朝暗いうちがら夜暗ぐなるまで稼いだがら、だんだん物や金がたまってきて、馬っこも飼えるようになったんだど。 ある日、その馬っこが急にいなぐなったずもや。大事な馬っこを心配して、あだりほどりがら、胆沢川を上ったり下ったり、草の根っこまでかき分げるようにして探したども見つからねえがったずも。 あだりが暗くなっで、みんなあきらめかけだ頃、馬っこがフーッフーッと鼻息荒ぐして帰ってきたずも。山の中を歩き回ったんだベな、たてがみにも尻尾にも木の枝や葉っぱがついてだずも。「どごが痛めてきたんでねべが」と脚を見たれば、足の片っぽが漆だらげになって黒光りしてだったずも。丹那どのは「なんたらごったべ。いっぺぇ漆つげで。どごでつけだんだが探してくっから」と言って、松明をつけて探しに行ったど。 点々と漆がこぼれでる跡を頼りに歩って行ぐど、小歩の山の上さ着いたずも。そこは、安倍貞任が戦さをしたどき、弟の宗任がいだ城跡だっだど。“馬っこは漆樽を踏ん通したんでねぇべが”。丹那どのは一人語りしながら、その晩は帰ってきて寝たずも。 次の日の朝早ぐ、行って掘ってみたれば、あるはあるは、漆樽なんぼもあったずも。とでも一人では掘りたてられねくて、人を頼んで次の日も掘ったずもや。この漆が高く売れだので、丹那どのは殿様に金と漆を献上したずも。殿様も喜んで、褒美に「石川」という苗字と刀をくれたんだど。 丹那どのはこうして長者になったずども、誰も石川長者と言う人はいねぐて、「小歩長者」とばかり呼んだどさ。 |
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