かねがさきの民話 〜千貫石とお石〜

千貫石とお石

 今から三百年以上も昔のことだったずも。田んぼさ水を引くべって、千貫石さ溜め池こしぇた(造った)んだど。仙台から来たお役人の指図で、村の人たちがみんな出はって稼いで、大っきな堤ができあがったど。ところが雨降りが続くと、すぐぼっこれて(壊れて) しまったずも。まだこしぇる。すぐぼっこれる。水増し(洪水)で何人も死んだり怪我したずもや。

 村の人たちは「堤の神様さ、ぼっこれねぇようにお願いするべ」と、娘っこを人柱にすることにしたんだど。さがす役さ当たったわげもん(若者)は千貫文の銭で娘っこを買ってきたずも。釜石でめっけた十九になる「おいし」という娘っこだったどや。

 堤ができて、いよいよその日がきたずも。おいしはおっきなカラド(唐匱、車のついた長持)さ、子牛と一緒に入れられ、ふたをされてしまったど。そして重てぇ石をくくりつけられて、カラドごと水の底さ深くふか〜く沈んでいったんだど。

 そんでもおいしは、“親だち、長生きさせでくて買われてきたんだから、おれはええ。生き埋めされても、水神様にまつってくれればええ。供養さえしてもらえば、この堤、おらの魂で百年はもだせる”と思ってたんだど。

 んだども、だれもさっぱり供養しねがったずもや。水神様は、九十年と九日目から七日七夜大雨降らせで、とうとう堤を破って出てきたずも。

 それがらずっと経って、県の方で堤こしぇだ時、水神様をまつって供養したればぼっこれることねぇぐなって、みんな喜んでいたんだど。

 ところが、昭和の終わり頃の話だ。千貫石に昔からある三軒の家さ、おいしが現れるようになったずもや。枕もとに立ってだり、堤のそばの林さ幽霊みだく出はったりしたずもな。おっかねぐなって、祈祷師にみてもらったずも。祈祷師に乗り移ったおいしは「水神様にしたはえぇども、供養してけねぇ(くれない)がら浮かばれね。こんだぁ、観音様にしてまつってけろ。毎年供養するのだぞ。しでねぇば、今年中に堤破れっちょ」と言ったずも。

 そんで、みんなで金出しあって、堤の前の山のてっぺんさ、いまある「おいし観音像」を建てだのっしゃ。



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