かねがさきの民話 〜永徳寺物語〜

 昔むかし、気仙の郡は日頃市稲子沢の里に、正直者で心だてのやさしい夫婦がいたったど。漁師だったという話もあったずが、どごがらかこの里に来て、住みついていたんだど。

 ある年の元旦の夜、夢をみたんだど。それは「ある館の跡に、三十三の花をつけたひともとの白百合があるから、それを探してその根を掘ってみよ。宝物が埋まっている」という夢だったど。

 夫婦は「日頃信仰する神様のお告げにちがいない」と語りあったど。そこで、さっそく身支度をして、白百合の花をさがしに旅に出たんだど。あちこち探し歩いて、海辺から遠く離れた胆沢に着いたんだど。二人は胆沢川を渡って、いまの金ヶ崎町百岡、むかしの生城寺館にたどりついたんだと。

 館跡へ上がってみると、眼下には雪に輝く胆沢平野が広がっていたずも。館跡も一面雪野だったずども、その中に、夢のお告げのとおり、三十三の花をつけた白百合がきれいに咲いてあったど。

 「ああ、ここだここだ」と、二人は、雪をかきわけて、白百合の根元を掘ったずも。そうしたれば、土の中から七つの、目もくらむばかりの黄金の玉が出てきたずも。夫婦は、大事にそれを気仙に持ち帰って、大金持ちになったんだど。それからも、夫婦は欲張らずに仲良く暮らし、いつだれが言うとなく、稲子沢長者と呼ばれるようになったんだど。

 百岡の生城寺館は、柏山伊勢守の居城跡で、その昔、百姓が馬をひいて歩くと、馬の足に黄金がくっつくほどだったそうな。



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