■義経ゆかりの鵜鳥神社
 鵜鳥神社は、海上安全、豊漁、縁結び、安産の神として古くからあがめられ、現在も例大祭(旧暦4月8日・現在の5月中旬)には各地から漁業に携る人が大勢訪れます。
 例大祭の始まりは、かつて源義経が、蝦夷地を目指す途中の建久2年(1190年)、卯子酉(うねとり)山で金色の鵜が子育てをしているのを見て、神鳥であると思い、鵜鳥神社で七日七夜、海上安全と武運長久を祈りました。すると、「汝の願いを聞きとどけよう」と神からのお告げがあり、義経は感謝して山頂に鵜鳥大明神をまつり、翌年から4月8日を祭典としたということです。

■古の伝え〜鵜鳥神楽
 例大祭で激しく鮮やかに奉納される鵜鳥神楽は、全国的にも重要な伝統芸能であり、正月から2ヶ月以上かけて沿岸各地を巡業し舞を披露します。平成7年には宮古市の黒森神楽とともに「陸中沿岸地方の廻り神楽」として、「記録作成等の措置を講ずべき無形民族文化財」に選択されました。
 舞は「御神楽」「岩長姫」「斐の川」「榊葉」「松迎い」、狂言の「小山の神」、呪舞の「山の神」そして「恵比須舞」「勢剣」「鬼神笠松山」があります。
 中でも山の神が降りて、厄難の祓いを行う「山の神」の舞は、鵜鳥神楽を代表する舞です。それは、太鼓が鳴り響く中、真っ赤な面を付けた「山の神」が全身のあらゆる筋肉を緊張させ、ひねり、跳ね、回る。まるで指先にまで神が宿っているかのごとく荘厳で勇ましい舞です。
 神を崇める舞と、民を楽しませる舞。鵜鳥神楽は神聖な伝統芸能だけでなく、今もなお愛され、地域の人々の生活の中に生き続ける神楽なのです。


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